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映画「世界から希望が消えたなら」を観て、「ノストラダムスの救世主予言」を思い出した①

「世界から希望が消えたなら。」の「希望」とは、ズバリ「救世主」のことであろう。

 そこで筆者が、また思い出したのは、「ノストラダムスの救世主予言」である。

 「ノストラダムスの予言」は、1999年7の月で終わった。あれだけ日本や世界を騒がせて、外れたではないか。何を今さらノストラダムスの予言だ」と思われる方が多くいるが、筆者は、全然外れたとは思っていないのである。

 なぜならばノストラダムスは「人類が破滅する」とは言っていないからである。

                     ノストラダムス-190x190[1]

 その人類滅亡の根拠となっているのが、「1999年7の月、天から恐怖の大王が降りて来て、アンゴルモアの大王をよみがえらせるだろう。その前後、火星は幸せに支配するだろう」(10の72)の予言詩である。

これを見ても分かる通り、ノストラダムスは、「その前後、火星は幸せに支配するだろう」と言っているが、「人類が破滅する」とは言っていないのである。「火星」は、「軍神」であるので、「幸せに支配するだろう」とは、「戦乱や紛争が絶えないだろう」と言っているだけである。

「人類が滅亡する」と言うことに解釈したのは、『ノストラダムスの大予言』シリーズを書いた五島勉氏である。

この衝撃的な言い方が、世紀末も近い時期にあって、猛烈な「ノストラダムスの恐怖の予言による終末現象」を引き起こしたのである。

 たしかにノストラダムスは、「恐怖の予言」が多いが、しかし人類に恐怖の予言だけで警告していたのではない。最後に残った「希望の予言」も語っていたのである。

 その「希望」とは、「もし『別のもの』が現れてくるならば、そこで我が恐怖の予言は終わりを告げるであろう」と言う予言詩である。

 では「『別のもの』とは一体何であろうか?」と言うことが気になるであろう。

 その「別のもの」とは、3つの希望である。

 まず1つは「太陽の法」の予言詩である。

「太陽の法と金星の法が競い合い、互いに霊の預言を自分のものとするが、『別のもの』であるとは理解されないだろう。『偉大な救世主の法』は『太陽の法』によって保たれるであろう」(5の53)

この予言詩には、「救世主の法」である「太陽の法」が語られているのであるが、それが「『別のもの』であると理解されないだろう」と書かれている。

また2つ目の「別のもの」は、先ほどの「アンゴルモアの大王」である。「アンゴルモアの大王」とは「恐怖の大王」ではない。

なぜならばノストラダムスは「恐怖の大王が、天から降りて来て、アンゴルモアの大王を、よみがえらせるだろう」と言っているので、対極のものである。

「恐怖の大王」イコール「アンゴルモアの大王」としてしまったのは、先の五島勉氏である。この間違った解釈によって、「ノストラダムスの恐怖の予言」ばかりが強調されるようになってしまったのである。

真実の解釈は、「『恐怖の大王』が、天から降りてくる闇であるならば、『アンゴルモアの大王』は、闇とは正反対の光であり、人類の危機の時に、よみがえってくる「大救世主」のことである。

すなわちノストラダムスの「1999年7の月の予言」は、人類が「恐怖の大王」によって破滅させられるのではなく、むしろ危機を打ち砕いていく「大救世主『アンゴルモアの大王』がよみがえってくる」ことを予言した詩なのである。

そのことを裏づけるものとして、大川隆法総裁の、著作『永遠の仏陀』改定新版の、あとがきに「この十数年間の活動で、何とか世紀末の闇を打ち砕くことに成功を収めつつあると思う。1999年7月末」と、書かれている。

そして『太陽の法』とは、大川隆法総裁の一番代表的な著作であり、これまで歴史上誰一人、他に『太陽の法』を書いた人は、いなかったのである。 11272128_50b4b1e59b43f[1] 続く

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