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聖地・川島ミステリー通信24、映画「世界から希望が消えたなら」が封切された。懐かしき故郷の山河

 この秋、映画「世界から希望が消えたなら」が封切された。

 「さらば青春、されど青春」の続編のような映画ストーリーだ。

 今回も川島町が映し出されていた。主人公の御祖真(みおやまこと)が、帰郷して、母親の膝を治すワン・シーンである。

 それと初期の頃に発刊された『平凡からの出発』の表紙が、JR阿波川島の駅構内であった。

 1972年4月に大川隆法総裁は、徳島市内にある県下随一の進学校である徳島県立城南高校に入学した。

 最寄りのJR阿波川島駅から二軒屋駅まで往復約2時間半の高校通学をしていた。当時はディーゼル機関車が先頭で6両編成の客車を引っ張っていた時期であった。 

 年輩会員であるOさんも、徳島市内の二軒屋駅まで通勤で、同じ電車に乗り合わせることが多かったので、何度も高校生の大川総裁の姿を見かけたという。

 阿波池田駅からの通学・通勤の乗り込み客が多かったので、席に座れるのはラッキーであった。大抵は立って本を広げて勉強していた高校生の大川総裁を目撃したという。その真剣な勉強する姿に、とても話しかけることなどできなかったという。

 このOさんは、母親が経営する理髪店の常連客でもあったので、大川総裁が中学生の時から、その家の息子さんであることは知っていたのである。

 「この田舎町の川島に、凄い秀才が出て来た」と、感心していたと言う。

川島町は、一見、普通の四国の山間部にある田舎町であるが、聖地としてやはり「何か」を感じさせるものがある。

まず川島町の町並みは、どことなく、かすかに残った昭和のノスタルジーを感じさせるのである。

背景にある四国山地と蛇行する吉野川の中流、10番札所の切幡寺から日本最大の中洲である善入寺島の潜水橋(川島橋)を渡る四国88か所巡礼の遍路道など。

 善入寺島

そのノスタルジーを一番感じさせるのは、やはりJR阿波川島駅の単線の線路が3車線に別れた線路に、池田・穴吹方面から、ゆっくりと駅構内に入ってくる電車の姿である。

このシーンは、映画「さらば青春、されど青春」の映像にも使われていた。 

                  imagesJUIOH5AG_20180408133645e2e.jpg

まだそれほど自家用車が普及していなかった昭和50年代の頃は、徳島市内に行く唯一と言っていいくらいの交通手段であったろう。

きっと「昭和の時代と、あまり変わっていないのではないか?」と思われる田舎町の風景である。    阿波川島駅名

 それにしても川島の地には、偉大なものを育んだ「何か」の痕跡が感じられるのである。

「君は、偉大なる師のような、大志を抱き続けることができるだろうか?」と、寝釈迦嶺のある四国山脈の山々が、そう問いかけているようでもある。

「君は、この地に生まれた偉大なる師の刻苦勉励の努力を、どれだけ思い浮かべることができるだろうか?」と、川島町を流れる吉野川が、そう問いかけているようでもある。

「君は、この聖地・川島に住んで、いったい何を感じ、何をつかみ取ることができたのか?」と、川島の街並みを吹き抜ける風が、そう問いかけるようでもある。 

「君は、あの偉人のように生きられるか?

その志を、少しでも自分のものとすることができるか?」と、四国の空を流れる雲が、そう問いかけるようでもある。

  どっしりと構えた四国山脈。ゆったりと流れる吉野川。優雅に舞うように吹く風。空に描く雲すべてが自分に問いかけてくるようである。

 師が偉大であるからこそ、その師が生まれ、育った、この臥竜の地・川島町も偉大なのであろう。

 童謡「ふるさと」は、日本人の心に深く沁み込んで、何時までも忘れられない歌である。しかし時とともに歌詞が古くなって、イメージが、今一つ湧かない。現代人にも分かりやすいように聖地・川島バージョンとして手を加えてみた。

1 夢追いし高越山(コウツザン)

  ハヤを釣りし吉野川

  夢にいつも出てくるは

  忘れがたき故郷

2 いかがお過ごしか父母よ

友も元気でいますか

風雨が吹きつるにつけ

思い出すは故郷

3 志を果たして

  いつかは帰らん

  青山の故郷

  清流の川島へ

こんな感じで出来上がった。

 師の小学校6年の卒業文集に「アコヤ貝が、砂やガラス片に苦しみながら、虹色の真珠を作る」と書かれた作文を読んだ小説家の叔母さんが「あなたには、きっと、何かがある」と感想を語ったそうである。

 家族以外で、師の文才の奥にあるキラリと光る「何か」を発見した、第一発見者であろう。その頃から師の偉大さの片鱗が伺えるのである。

 そして中学校の卒業文集には「人生は、短き夏にして、人は花なり。我が冬に生き、我が冬に苦しみ、我が冬にたたかい、この花、我が夏に咲かせて見せましょう」という志を吐露しているのである。

もうこの詩は、「これが中学校を卒業する学生が、書く詩なのか」と、驚いてしまうほどの非凡というしかない秀作である。

田舎町にあって、人知れず師は、いつも「何か」を求めて努力を重ねていた平凡な日々であったという。

後に日本と世界を変えることになる臥龍は、こんな田舎町である川島町と言う淵に潜んでいたのである。

昨年7月28日に落慶した聖地エル・カンターレ生誕館に隣接した特別記念堂には、若き日のエル・カンターレの、写真やゆかりの品が展示されている。

そして11月23日の初転法輪には、師が、聖地・川島に帰郷されて、説法される予定である。完

 

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