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現代の「点と線」6年目を迎える未解決の「王将社長殺人事件」ミステリー①

 

 2013年12月19日の早朝に、京都市山科区西野山の王将フードサービス本社の前で大東隆行社長(72)が、何者かによってピストル4発を心臓に撃ち込まれて射殺された。

                  imagesFTXY2II2.jpg大東元王将社長

  おそらくはプロのヒットマンの仕業であろうが、あれから6年近く経ったが、いまだ犯人の特定には至っていない。

  餃子の王将は、1967年(昭和42)12月25日に、京都の四条大宮に1号店を出してから現在、全国に730店舗以上の店舗展開している大手中華レストラン・チェーンで、とくに関西では根強い人気がある。

 「王将社長殺人ミステリー事件」を書くに至った動機は、筆者が、創業者の加藤朝雄社長の時代に、約6年間、餃子の王将チェーンに在籍していたことがあり、亡くなられた大東隆行社長も、当時は営業本部長をしていたので、よく知っていたからである。

 それと渡辺直人氏が後継社長となったことは驚きであったが、もう40年以上の昔の話になるが、彼とは新宿2丁目店で、ともに店長として働いたこともあり、当時の王将の空気をそれなりに知っているからである。

  渡瀬恒彦が演じたテレビドラマ「おみやさん」は、京都が舞台で、迷宮入りした事件を次々に解決していくドラマであったが、「王将社長射殺事件」は、その京都府警が担当しているのであろうが、「延べ2万人の捜査員を動員しても、未解決であるとは、いったいどういうことであろうか?」

  この事件が早くも迷宮入りし始めていることに、一歴史ミステリー・ライターとして放置できないと思ったから、ブログを書く気になったのである。

 「王将社長射殺事件」は、かなり衝撃的で、社会的な反響が大きかったが、「社長射殺事件」があった当夜の記者会見に臨んだ王将の一役員は、「会社や社長個人への脅迫や嫌がらせはなかった。犯人が誰なのか全く思い当たる節がない」と、発言して、ことを済ませようとした。   しかし、それでは世間の納得がいくものではなく、再度、王将側が依頼した「第3者による調査委員会」を立ち上げて2年3カ月もかけて調査して、やっと2015年3月29日に「第3者委員会による調査報告書」が発表された。

  それによると、創業者の加藤朝雄社長の頃から長年にわたって、北九州の実業家Xとの不明朗な取引を繰り返していたことが明らかになった。約10年間に渡って14回の不動産取引や貸付行為で、約260億円に上る「不適切な取引」を続けていたのであった。未だに170億円という巨額な金が回収不能になっていたのだ。

  その「第3者委員会による調査報告書」には、具体的にいくつかの王将が行った不適切な不動産取引や貸付行為が挙げられている。

  例えば、1989年に王将戎橋店(大阪)が従業員の火の不始末によって失火して、建物と上の階に住んでいた所有者である中国人と、内縁関係にあった日本人女性が死亡した。家主の息子が来日して、王将を相手に訴訟を起こした。

  遺族の弁護士が部落解放同盟の顧問弁護士でもあったために、加藤朝雄社長から「何とかならんか?」と謎のX氏に相談を持ち込まれた。

  X氏が知っている部落解放同盟の別の顧問弁護士を紹介して和解協議が進められて、遺族への慰謝料が支払われたのである。

  X氏に、その土地と建物の買収交渉を依頼し、その代金として9億円と、買収工作資金として1億円をX氏に支払ったという。

  この火災事件から王将とX氏との関係が深くなっていったようである。

  さらに極め付きはバブル崩壊期に、X氏が経営する北九州のゴルフ場が経営難に陥った。その際に王将3代目の加藤潔社長が、子会社の「キングランド」を通じて1998年4月から9月までの間に、X氏の経営する「京都通信機建設工業」に5回にわたって、計約185億円の迂回融資をした。

  98年9月までに95億4000万円が返済されたが、後の残金は返済されずに、2005年9月に貸付残高40億8800万全額債権を放棄している。

  このようにX氏の関連会社との不適切な不動産取引を繰り返したために、本体である王将フードサービスは、当時、年間売上げ約390億円にもかかわらず、有利子負債が約470億円にも膨らんで、財政危機に陥ってしまったのである。続く

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