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幕末最大のミステリー「龍馬暗殺」の犯人と、その指令者はだれか?④「中岡慎太郎の証言」と「龍馬の霊言」から

中岡慎太郎は、北白川にある陸援隊士の兵舎から河原町の土佐藩邸に福岡藤次を訪ねたが、あいにく留守だったので、夕刻に龍馬が潜伏していた近江屋を訪ねて、不運にも暗殺の難にあってしまったのだ。

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     中岡慎太郎最期の微笑

 中岡は、襲われた時、脇差を抜く暇もなく応戦しながら、両手の拳や両脚など全身28箇所をメッタ斬りにされた。

 意識が混濁しながらも2日間生き延びて、駆け付けた土佐藩士の谷干城らに暗殺現場のことを語った。

 それによると、刺客は二人で、松代藩の木札を出すや、「こなくそ」と言って襲撃してきたという。

 しかし陸援隊士副長の田中光顕が、中岡から聞いたのは「賊は、モノも言わずに斬り切りかかってきた。敵は見知らずの者」と言うから証言に食い違いがある。

 龍馬が絶命状態に斬られた後に、刺客の一人が慎太郎にとどめを刺そうとすると、もう一人が「もうよい、もうよい」と言ったので、とどめは刺されなかったという。

 刺客が立ち去るときに、中岡の臀部に一撃を加えたので、その痛みで蘇生したが、あえて動かなかった。

 急所を外しているので、刺客の中に、あまり武芸の心得のない者がいたと考えられる。「それが世良敏郎だったのではなかろうか?」

 現場に鞘を残して立ち去るとは、よほど緊張していたのか、武士としてはあるまじき失態を犯している。

絶命を免れた中岡は、「坂本と俺を殺るなどとは、よほどの剛強の者である。幕臣は腰抜けであると平素思っていたが、こうも思い切ったことができる男がいたか。早く倒幕をしないと、逆に幕府側に殺られるぞ」と同士に忠告した。

さらに中岡は、田中に「俺は、今日死ぬだろう。我がために岩倉具視卿に伝えよ。今後、維新回天の実行は、一に卿のお力に頼ると」言い残して亡くなった。

岩倉具視は、坂本と中岡の暗殺を聞くと、大久保利通への手紙に「何者の凶漢ぞ。我が両腕を奪い去る。この恨み必ず報ぜべからず」と、龍馬や中岡を失ったことへの、慟哭を語っている。

これらの今井信郎や渡辺篤や中岡慎太郎が証言する「龍馬暗殺」の京都見廻組犯人説」を裏付けるような大川隆法総裁の『龍馬降臨』が出版されている。

その中で質問に答える形で、龍馬の霊が「暗殺の核心部分」について語っている。

 それにると「当時も名刺っていうもんがあった。そら、名刺っていうのは人を騙せるもんだな。気いつけんといかんで、名刺を見て相手を信じたらいかん。だから、わしん時も、名刺というか、木札みたいなもんで名乗ってきたので、(顔を)上げたら、やられた」

 「相手は小太刀しか持ってなかったんじゃ。小太刀だけ持ってくる場合には、武士にとっては『戦わない』という意味だからな。『話に来たのか』と思った。それもだなあ、小太刀も、普通は、こう、左から右に抜くだろう?だけど右手でもってきてたんじゃ、小太刀をな。だから、これ普通は『抜けない』と思うだろ?ところが左利きやったんじゃ、相手が。左手で小太刀を抜いたんじゃ。その一瞬、ほんの一、二秒の油断だったな。そこは相手も考えたな。計略に引っかかったんだ、実は。ちょっと知力戦だな」 と、相手が龍馬を完全に欺いてから、いきなり小太刀を左手で抜いて襲いかかってきたと言う。

 「一撃目は、横斬りできた。だから、わしの額、横に斬られたんだ。ああ、この一撃で、最初、ちょっと機動力を失ったな。その後、床の間に走って刀を取りに行ったんだけど、抜く前に、次、縦に斬ってきよったからな。この二擊目がなあ、脳の中にズバッと入りよってな、この二擊目で、わしぁは、動けんようになってしもうたんじゃ。そのあと三擊目が来たと、確か思うがな」と、暗殺された様相をリアルに語っている。

 龍馬は「斬られたら痛いぜよ。犯人は、あえて言えば『見廻組』だろうなとは思うが」と証言している

 では、これらの証言を踏まえて「龍馬暗殺」の真相を構成すると、こうである。

 幕府の京都所司代の配下であった伏見奉行が寺田屋で龍馬を取り逃がしたことから、血眼になって龍馬の行方を探索していたところ、諜吏の増次郎という者が、近江屋に逗留していることを突き止めた。

 龍馬が、あまりにも大物であったので京都見廻組」の与頭・佐々木只三郎は、[見廻組」の中でも特に腕の立つ者たちを集めて刺客団を編成して、暗殺の日の昼過ぎに上京区智恵光院の松林寺に集結させて打合せをした。

まず2時ごろ、桂隼之助を十津川郷士になりすませて、近江屋を訪問させて「才谷先生は、ご在宅でしょうか?」と尋ねさせいる。これに近江屋の主人井口新助が何の警戒もせずに「いま他行中です」と答えてしまったのである。

これで刺客団は、龍馬が近江屋に逗留していることを確認して、東山あたりの店で時間を過ごして、その夜の時過ぎに佐々木只三郎が客を装って近江屋の戸を叩いた。

元力士で護衛の山田藤吉が応対に出て「すでに本日の商いは終わりましたが」と告げたが、なおも佐々木只三郎は、松代藩士書いた偽名の木札を差し出して「坂本先生に、至急お目通し願いたい」と申し入れた。

 仕方なく藤吉が、龍馬に取り次ごうとして2に上がったのでかねての手はずの通り、今井信郎、桂隼之助、渡辺吉太郎らが近江屋の勝手口から入り、そのまま2階へ駆け上がり、藤吉の後ろを袈裟懸けに一刀のもとにり伏せた。

そのと階段を転げる大きな音が、悪ふざけをしている声に聞こえたので、龍馬が思わず「ほたえな」(土佐弁で、騒ぐな)と発したので、所在していた二階の奥の部屋が、ほぼ特定された。

もしこの時、藤吉の声、ただならぬものと龍馬が気づいたならば歴史は変わっていただろう。でもそうはならなかったのである。 

 刺客団の一行は、何食わぬ顔で、龍馬がいた奥の八畳の部屋に入ったが11-17[1]

 中岡慎太郎も同席していたので、どちらが坂本龍馬であるかが分からなかったので、とっさの機転で正座して、「坂本先生お久しぶりです」と、手をついて挨拶をした。

「どなたでしたかな」と、龍馬が差し出された松代藩と書いた木札を確かめしてようと、行燈に手をやった時に、その一瞬の隙をついて、左手で小太刀を抜刀して、横一閃に薙ぎったのである。

龍馬はすぐさま床の間に走って刀を取り、ひるがえして刀を抜く前に、次に縦に振り下ろしてきた刀を鞘ごと受け止めたが、その鞘を削って龍馬の額刀がズバッと入ってきた、この二撃目のが致命傷となった。後は龍馬の「霊言」どおりであろう。

今井の証言によると、残る刺客団のリーダーの佐々木只三郎は、2階の上り口に、今井信郎らは表口と裏口を見張っていたと言う。(これは嘘であったことが後に判明した)

しばらくして桂隼之助、渡辺吉太郎、高橋安次郎らが2階から下りてきて、「龍馬の他に合宿している者(中岡慎太郎)がいたが、手に余ったので、龍馬を打ち取り、他の者も斬りつけ傷を負わせたが、生死の程は分からない」と報告した。

与頭の佐々木只三郎が「それならば仕方ない」として、早々に近江屋からの引き揚げを命じたので、それぞれ後にした。     

 こうして坂本龍馬と中岡慎太郎の暗殺は、ほんの2,3分にして実行されたのであった

 続く

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