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古代史最大のミステリー⑧、「邪馬台国」と日本建国の年代の謎に迫る

 日本人にとって最も大切な「日本建国の年代」が、未だに謎なのであるのは、おかしいことである。

 「いや日本の国民の多くは、謎とも思っていないのではないか?」と思われるのである。

 ここで「何を言っているのか、神武天皇の即位は、BC660年であるから、これが日本建国の年代であろう。現に2月11日を日本建国記念日として定められているではないか?」という読者の声が聞こえてきそうである。

否、事実は、そうではないから、「日本建国の年代の謎」を論じているのである。

 筆者は、「邪馬台国」の女王・卑弥呼と壱与が統治した後に、「150年間の空白のミステリー」があり、その間に、九州の日向から「神武東征」があり、近畿の大和に「日本建国」がなされた、と推論するのである。

   建国記念日[1]   

 なぜならば「日本建国」を紀元前660年と特定するのは、天皇の在位期間が、約50年間もあるわけで、これは古代の天皇の寿命から考えても、無理な数字である。

『記紀』には天皇の寿命が、百何十歳という記述が多くあるが、信じられないことである。もっと天皇の年齢を正確に計算すべきである。

 例えば歴代天皇の平均在位を江戸時代から現代まで(17世紀から20世紀まで)統計を取ると約22年になる。

しかし過去にさかのぼれば、さかのぼるほど天皇の平均在位が短くなっているのである。

 さらに近くを取っても第17代履中天皇と言われる「倭王の讃」が、413年に中国に朝貢しているならば、それまでは初代神武天皇を含めて16代の天皇が在位していたことになる。

その期間が147年間であるならば、1人の天皇の在位期間は、やはり約10年ぐらいである。

16代×10年=160年であるならば、逆算するならば「神武天皇が、初代天皇に即位されて大和朝廷を開いたのは、270年代ぐらいであった」と推定されるのである。 

 すなわち「邪馬台国」の女王壱与〈いよ〉が、266年に中国に朝貢してから、後の「150年間の空白のミステリー」の間に、「神武東征」があり、近畿で初代神武天皇として即位されるまでの期間は、7年間ぐらいあったことであろう。

それで「日本建国」がなされたとしたら、年代は、270年の初めぐらいである。これは天皇の在位の逆算と一致するのである。 

 「神武天皇による大和朝廷」が始まったのは、BC660年と変えられて、『記紀』に記述されたのは、前述したように、「大和朝廷による『邪馬台国隠し』があったからではないだろうか?」

 この『記紀』による「邪馬台国隠し」のトリックを取り繕うために、に天皇の在位を長くして、本当の日本建国の年代が変えられてしまったのである。

 「紀元前660年に建国されたというのは、おそらく国常立尊が近畿で、初めて大和を支配した時期か、あるいは天照大神が九州の高千穂国の女王であった「前期大和朝廷」のことであろう。

これが現時点での筆者の「日本建国の年代の謎解き」である。

 しかしこれには異論もあるであろう。「はたして読者の皆さんは、どのように日本建国の時期を考えられるだろうか?

 これまで筆者が「邪馬台国の謎」に挑んできたのも、この「日本建国の年代の謎」に関する解明であった。

すでに「邪馬台国の所在地」や「神武天皇の実在」や「邪馬台国と大和朝廷のつながり」や「出雲勢力の大和建国の関わり」などの謎解きをしてきたのである。

 その筆者が、「日本古代史最大のミステリーは、この『日本建国の年代の謎』である」として、そのミステリーの解明に挑んできたのである。

 是非、「日本建国の謎」の真相が、明らかになることを望みたい。

 「今年5月には新天皇による御代替わりが始まったので、『日本建国の年代の謎』を解くことは、意味あることではないだろうか?」と思うのである。 完 

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