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ポスト安倍の総理は、「令和おじさん」の菅官房長官が急浮上

  4月1日午前11時41分、菅官房長官によって、新元号が「令和」に決定されたことが発表された。

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 一大パフォーマンスであったので「ずいぶん慎重になっていました。新元号を決定する過程において、できるだけ、その話題には触れないようにしていましたが、緊張していたと思います」と、70歳になる菅官房長官は語った。

 そうであろう。手話通訳でさえ「めいわ」と間違えたくらいだから。

 思い返せば、此処までの道のりは遠く、長かった。

 菅義偉(よしひで)は、今から70年前に、秋田県の湯沢市に、農家の長男として生まれた。

 昭和42年3月、18歳になった菅青年は、集団就職列車に乗って上京した。

「長男だから農業を継がなければならない。(それが嫌なので)とにかく田舎から逃げ出したいという一心で(上京した)家出同然だった」と、菅氏は、当時を振り返って語った。

大学を受験するために、とりあえず板橋区の段ボール工場で働くが、数カ月でやめて、朝は築地の魚市場で働き、夜は新宿の店で皿洗いしながら、勉強をして法政大学法学部に入学した。

在学中もガードマンをやり、カレー店で働くなどのアルバイトで生活費と学費を稼いだ。

卒業後、電気設備会社に就職したが、「人生は1回きりだから、自分の思うように生きたい」と思い直して、政治家の道を志すことにした。

大学の学生課やOB会に頼んで、やっと小此木彦三郎衆院議員の秘書として雇ってもらった。

11年間にわたる秘書生活の後に、87年に、晴れて横浜市議に初当選した。この時の喜びは大きかった。

さらに9年後の96年に、小此木氏の後を継いで衆院選挙に打って出て初当選を果たす。

以来17年間、国会議員として懸命に働いて、第2次安倍内閣の立役者として、2013年から官房長官となって、今に至る生粋の苦労人である。

菅氏は、安倍内閣を支える最長の官房長官であり、ミスを犯さない性格で、地味であるが、政治的力量は、誰もが認める存在である。

都庁の職員から出向して、夕張市長となって市の財政を立て直して、38歳の最年少の北海道知事となった鈴木直道氏は、菅官房長官の出身大学である法政の後輩である。

4月6日に、菅氏も北海道入りして応援に入った。

9日の産経新聞で「ポスト安倍、菅氏浮上、『令和おじさんの浸透』」と書かれたように、急激にクローズ・アップされてきた。

本人は、総理になることを否定するが、他に総理候補がないことから、チャンスは到来している。

巷間では、「菅(かん)総理は、あまりにも酷かったが、菅(すが)総理なら期待できそうだ」と、ささやかれているようだ。

官房長官として菅氏は、創価学会の佐藤浩副会長にも、大阪維新の会の松井大阪市長にも、両方のパイプを持っている。

その公明党と維新の会が、大阪都構想を巡ってケンカ対立している。

官房長官として菅氏は、はたして「どのような政治的裁きをするのであろうか?」

安倍総理の名脇役として、あるいはポスト総理として、菅官房長官は、「自民党の長年の悲願である『憲法改正』を成し遂げることができるのであろうか?」注目される処である。

なお菅官房長官の過去世は、元禄時代に起きた赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件の大石内蔵助であるという。

一つのことを成し遂げるために、忍耐し続ける政治家である処は共通していると言ってよいだろう。完


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