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「菜の花忌」に司馬遼太郎のことを思う①

  「幕末・明治維新」と言えば、我々の頃は、司馬遼太郎の歴史小説であった。青春時代の読書は、ほとんどと言ってよいほどに司馬遼太郎の小説に熱中したものだ。

その司馬さんが亡くなってから、もう23年が経つ。今年も2月12日は、命日の「菜の花忌」が済んだところだ。

司馬さんは、野に咲く花、とりわけタンポポや菜の花が好きだった。

改めて司馬遼太郎の小説の魅力について考えてみたい。

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高校の時に図書館から司馬遼太郎の『関ヶ原』や『国盗り物語』を借りて読んで「司馬遼太郎の小説は面白いな」と思った。それからは司馬遼太郎の小説に、はまってしまい、ほとんどの小説、あるいは『街道を行く』や『この国のかたち』などの文明評論までも読了してしまった。

 他の作家の歴史小説も読んでみたが、それほど面白いのは見つからなかった。司馬遼太郎の小説は、とにかく人物の心理描写がうまいのである。それも幕末ものが、いろいろな志士たちが踊り出てきて、とびっきり面白いと感じた。

それに司馬さんの雑談的な文明評論も、ほぼ正鵠を射ているように思えたのである。

 戦後の歴史教育を受けた我々の時代の歴史認識は複雑である。日本が連合国に敗戦したことで、「日本はアジアを侵略した悪い国である」という「罪悪史観」とか「日本はダメな国である」とかの「自虐史観」が大手を振ってまかり通っていたからである。

「本当に日本という国は、そんなにダメな国なんだろうか?」と少年心にも、思わずにはいられなかった。

 しかし一方では司馬さんの歴史小説のように、日本の歴史は、色々な人物が活写されていて、グイグイと魅せられて文句なく面白いのである。

「一体どちらが本当の歴史観なのか?」と迷わずにはいられなかった。

どうやら歴史観の捉え方にも「自分の国は、悪い国だ」と思う「性悪説の歴史観」と、「いや自分の国は良い国なんだ」と思う「性善説の歴史観」というのがあるらしい。

 「性悪説の歴史観」の代表格というのは「左翼平等史観」であろう。戦中の「皇国史観」の反動から敗戦後、「左翼史観」が、またたく間に日本中にはびこってしまった。

60年代、70年代安保闘争の左翼運動家たちは、みな「先の大戦では日本は、間違っていた。アジアの国々に侵略した良くない国である」とする「左翼自虐史観」の持ち主であった。

しかし、その安保闘争が見事に挫折して、その後1989年にベルリンの壁は壊されて左翼の総本山であったソ連邦は崩壊した。

 片方の「性善説の歴史観」というのは、「日本の歴史には、こんなに魅力的な人物がいっぱいいたのだ」という小説を書いた司馬さんの「英雄史観」が代表格であっただろう。

『竜馬がゆく』や『世に棲む日々』や『坂の上の雲』などの歴史小説は、敗戦によって打ちひしがれていた日本人の心に再び自信を持ち直すのに一役かったのである。

 歴史教育の重要さというのは、「自分の国に自信と誇りを持てる歴史観なのか?あるいは、そうでない『自虐史観』なのか?を国民に教育することによって、その国に活力が出てくるか?あるいはダメになっていくか?」につながっていくいことである。

 国民が、どちらの歴史観を選ぶかによって、国の将来にも大きな影響を与えるようになっていくのであるから、ことは重大である。

 であるならば「日本の歴史が、中韓の言うような『性悪説の歴史観』なのか?あるいは、そうではなく『性善説の歴史観』なのか?」を、この際、はっきりと見極める必要があると思うのである。 続く


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