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聖地・川島ミステリー通信2  吉野川特集

 聖地・川島ミステリー通信2 「ようこそ、映画『さらば青春、されど青春。』のロケ地、川島へ」吉野川 特集
 

 吉野川橋

  若鮎の たわむるふるさと  吉野川なつかし    善

 
 大川隆法総裁の誕生地である聖地・川島町を流れる吉野川は、四国西部の高知県吾川郡いの町にある標高1897メートルの瓶ヶ森を源流として吉野川源流


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四国山地の南側の谷間を縫って東流し、幾つもの 峡谷を作って
  吉野川源流
     
 その後、長岡郡大豊町で北に向きを変えて、徳島県三好市池田町の大歩危、小歩危の美しい峡谷から
吉野川渓谷2
         吉野川上流
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      平家の落人の里、祖谷      

再び東に流れて蛇行し、吉野川市にある聖地・川島町をゆったりと通り過ぎて、
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1yoshinogawa4[1]  聖地エルカンターレ生誕館の、さらに上にある掘割峠から川島町が一望できる。
大小の支川を合わせながら第十堰を過ぎた地点で、 旧吉野川や鮎喰川や今切川や新町川に分派されているが、本流は徳島市街地から紀伊水道に注がれている。
          吉野川全流
 
 
 吉野川は、全長194kmで、流域面積は3750k㎡という、何と四国の約20%占める広さで、その水系は四国全県に及んでいる四国第一の大河であるばかりでなく、利根川の「坂東太郎」、筑後川の「筑紫次郎」に次ぐ、「四国三郎」と称される日本でも有数の大河であり、また暴れ川としても有名である。


 吉野川の名は、「ヨシが河原に多く繁る川」からきたとされるが、別の説もあって、神武天皇の全国平定で大和から派遣されて阿波に入植した忌部氏が、大和に流れていた吉野川を偲んで名をつけたと伝説されている。


 この「暴れ川」と言われる吉野川の治水事業が本格的に始まったのは江戸時代に入ってからである。東軍として徳川方に付いて勝利した蜂須賀氏の阿波入国が始まるが、代々の藩主によるの領国の経営が、何といっても最大の課題が、吉野川の治水・利水事業であった。


 吉野川の治水の難しさは、徳島地方で雨が降らなくても、源流に近い高知で集中豪雨が降れば、1800mの急峻な斜面から激流となって、たちまち徳島平野に押し寄せて堤防の氾濫を起こして、しばしば大洪水にさらされたでのある。

 この水害のことを阿波藩では「阿呆水」とか「土佐水」と呼んで恐れたのである。きっと吉野川が、河道を変えて「阿呆」のような、ふるまいになって襲い掛かるからであろう。そのために阿波藩では、吉野川にいくつかの築堤を設けたが、その難工事のために工事費が増大して、「見積もり違い・不調法」の咎で切腹させられた代官もいるくらいであった。

 しかし時には吉野川の氾濫が、肥沃な肥料となって、藍の栽培に幸いしたこともあって阿波藩は、江戸時代を通じて藍染の盛んな地となり、藩の財政を潤し、「阿波の藍商人」と呼ばれる富豪が出たのである。
 ところが明治以降に、、その阿波藍にも自由化の波が押し寄せて、価格競争が起こり、インド藍が輸入されると衰退していく。さらにドイツ製の化学染料が発明されて輸入されると、藍染業は産業として成り立たなくなっていった。その頃の藍師の一家と主人公の苗の生きざまを描いた作品に、大川総裁の叔母で郷土作家中川静子の遺作『藍師の家』がある。


 近代的な河川技術が導入された明治時代になっても、水害と水利の問題は依然として続いて、吉野川に築堤を造り、何度も改修工事が行われた。これほどさほどに吉野川は、徳島県にとって歴史を通じて恩恵と災いをもたらす河であったのである。


 昭和の終わり頃になって香川県と愛媛県の一部の地域の水不足の解消と徳島県の治水のために高知県土佐郡に早明浦ダムを造る構想計画がなされた。しかしダムの底に沈むことになる地元の大川町の住民から猛烈なダム建設の反対運動が巻き起こった。


   画像26
 
 
1975年に、やっと念願の吉野川上流部である高知県長岡郡本山町と土佐郡土佐町にまたがる早明浦ダムが完成した。この早明浦ダムは、高知県に在るのに香川県と徳島県にだけ水を供給する不思議なダムなのであり、しかして「四国の命の水がめ」とも呼ばれる四国最大のダムである。

         早明浦ダム
 これで四国の水不足は解消されたと思われたが、それでも2005年の渇水では、この早明浦ダムの貯水率が0%となり、連日ニュースで騒がれたことがあった。

早明浦ダム2

 さて吉野川中流の南岸に位置する聖地・川島町には、約500ヘクタールの広さを持つ日本最大の中州である善入寺島がある。

     潜水橋
    

増水時には水面下に潜ってしまう5本の潜水橋が架けられているが、阿波市の10番札所である切幡寺から鴨島町の11番札所の藤井寺へと向かう遍路道でもある。

 2002年に、その鴨島町と川島町と山川町と美郷村が合併して、人口約44000人の吉野川市となる。 

   岩の鼻

 吉野川が、これほどクローズ・アップされるのも、インドの釈尊の時代で言えばガンジス川にあたる聖なる川であり、 世界宗教・幸福の科学の信者にとっては、大川隆法総裁のご生誕地である聖地・川島町に流れる川であるからである。
          

 聖地エル・カンターレ生誕館が落慶した、これからの聖地・川島町は、吉野川とともに、ますます巡礼の聖地、世界の憧れの聖地として、その名が広がっていくことであろう。完


 これまでになかった「安田一悟の異次元歴史ミステリー」は、すでにブログ240以上、電子書籍と27冊として発刊されてます。

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