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聖地・川島ミステリー通信22『ヨハネの黙示録』に出てくる2匹のモンスターとは?

  映画『さらば青春、されど青春。』を観ていて、なぜか『ヨハネの黙示録』のことを思い浮かべてしまった。

 トンデモない発想であると思われるが、そこは「異次元歴史ミステリー」であるので、ご容赦願いたい。

 その「黙示」とは「暗黙に(神が)意志を示す」ことであり、『ヨハネの黙示録』とは「世紀末の時、人類に、いろいろな禍いが起こってくるが、最終的には、『キリストの再来』と『神の国が到来する』ことを黙示した予言書」である。97a871bd1fe53d582327c1cd13524a94[1]

 「『ギリシャ神話』の、いろいろと災いが起こるが最後は『希望』が残ったという『パンドラの箱』のストーリーと『ヨハネの黙示録』は、何とよく似ていることであろうか?」           IMG_256  

『ヨハネの黙示録』にある「2匹のモンスター」に関する記述は、次のとおりである。 「また私は見た。海から1匹のモンスターが上がってきた。これには10本の角と7つの頭があった。その角には10の冠があり、その頭には神の名を汚す名があった。」

 そして「また私は見た。もう1匹のモンスターが陸から上がってきた。それには子羊のような2本の角があり、赤い龍(レッド・ドラゴン)のように、ものを言った。このモンスターは、最初のモンスターが持っていた、すべての権威を示してみせた。そして人々の前で、火を天から地に降らせるような大きな印を行って最初のモンスターを拝ませた。さらにモンスターの像に息を吹き込んで、そのモンスターの像が、ものを言うことさえできるようにして、モンスターの像を拝まない者を皆殺しにした。そして人々の右手か額に『666』という数字を刻印させた」

 この「666」とは、古代ユダヤ教では「7」が完全数であることから、その「7」に、ひとつ足りない数字が「6」である。すなわち「666」とは、「不完全なもの」の意味であり、これが「神ではないもの」、「反キリスト」、「獣の数字」と言われるものである。

 古来より、この「666」については、いろいろと歴史上の人物が指摘されてきた。それが「ローマ皇帝ネロ」であり、近年では「ナチスのヒトラー」であり、「旧ソ連邦のスターリン」であり、また「中共の毛沢東」であり、現代においては「北朝鮮の金正恩」や「中共の習近平」でもあると言われている。  

 この『ヨハネの黙示録』に記されている「2匹のモンスター」とは、イギリスの政治思想家ホッブスの『リバイアサン』や『ビヒモス』の著作によって、政治学上は「全体主義の国家権力の出現」であると定義されている。

 それらの全体主義の国家は、『ヨハネの黙示録』に記されているように「『666』と刻印された『2匹のモンスター』となって世界を荒らし回っていく」のである。   

 これに対して「7」は、「勝利」とか「完成」を意味する数字で、「777」とは、人類を救う「メシア」(救世主)のことであり、「キリストの再来」と言われているものである。

 ということで『ヨハネの黙示録』は、「世紀末に登場してくる『2匹のモンスター』、それに刻印され『666』という数字で表された『反キリスト』と『777』という数字で表された『メシア』が出現してくる」という、かなり衝撃的なことが書かれている予言書なのである。

 日本の文学者にして政治革命家であった三島由紀夫が「霊言」で、09282019_506587d5c7bb6[1]

「ロシア革命や中共革命の結果、生まれたものを見れば、これはいわゆる『ビヒモス』や『リバイアサン』と言われるような、国家という名のモンスターだよ。これが共産主義国家の正体だよ」と、『ヨハネの黙示録』に記されているモンスターが、現代の「共産主義国家の正体」であることを喝破していたのは、じつに驚くべき洞察力である。 

 すなわち、かつての共産主義国の「スターリンのソ連」という「モンスター」と、鄧小平の「改革・開放政策」以降に、いつの間にか巨大なモンスターに成長した「習近平主席の中華人民共和国」が、まさに『ヨハネの黙示録』に記されていた「2匹のモンスター」だったのである。  

 2017年10月18日、中国共産党大会で、習近平主席は「中国が、世界の舞台の中心に立ち、人類により大きな貢献をする時がきた」と述べ、「2050年までに、中国を世界一の軍事力を持った社会主義の近代強国にすることを目指す」と宣言した。

 要するにアメリカを退けて中国が世界の覇権を握るということを内外に宣言したのである。

 この中国の独裁者・習近平主席のような世界制覇の野心のある「反キリスト」が、現代に現れてくるということは、「神が人類に与えた試練なのだろうか?」と思わずにはいられない。

 はっきりと言えることは「善なる勢力」が、「悪なる勢力」に勝たなければ、人類の未来は不幸になるということであり、悪○の恐怖に支配された時代がやってくるということである。 

 このような 悪○が支配する「神を信じない国」の時代が、人類にとって地獄の苦しみの時代であったことを人類は、スターリンのソ連、毛沢東による文化大革命、ポル・ポトのカンボジア、金王朝の北朝鮮など、もう散々に経験してきたことである。

 この『反キリスト』に対して『ヨハネの黙示録』では、「『キリストの再来』である『メシア』(救世主)が現れてくる」とも記されている。

 もし、『ヨハネの黙示録』の予言の通りであるならば、この絶体絶命の政治的危機にある人類に対して「愛ある神は、人類の危機を救うために『メシア』(救世主)を送り込んでいるはずである」。そこに多くの人類の期待はある。

 歴史のドラマの設定としては、「そろそろ隠された『777』を刻印した『メシア』(大救世主)が現れてきてもよいのではないだろうか?」  

 悪〇が、世界にのさばることを、いつまでも神は許すはずがない。それが神の正義であるからである。

 じつは『メシア』(救世主)は、もう現れているのであるが、「それは誰なのであろうか?」ということを多くの人類が、まだ関知していないだけなのである。

 映画「さらば青春、されど青春。」では、主人公の中道真一が「マルクス主義を超える思想体系が、これまでなかった。その状況を変えたいのだ。マルクス主義に変わる思想体系を創って、この世界に広めたいのだ」と語っているシーンがあったであろう。reyhg8mt[1]

 ここに救世主が誰であるかが明示されているのである。

 だから「映画『さらば青春、されど青春。』は、ただの映画ではない」と、著者は何度も主張しているのである。 完  

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