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「昭和は遠くなりにけり」シリーズ③ 何かが起こらないと、あまり驚かなくなった日本人

「激動」と言われた戦後の「昭和の時代」から、もうすぐ終わろうとする「平成の時代」まで生きてきて、どうも最近の日本人は驚かなくなってきたと感じてならない。

「その原因は何かなのか?」と考えているうちに、1972年(昭和47年)に発刊された五島勉の大ベストセラー『ノストラダムスの大予言』の、「『1999年7の月の人類滅亡』の予言が外れたことへの後遺症によるのではないか?」と思うようになってきた。

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21世紀に入る前の、この昭和40年代後半から起きた「ノストラ・ブーム」の凄さは、今でも忘れられない。著者が高校ぐらいの時であっか、クラスの中でも、この話題で持ち切りであった。

あの頃「本当に、このままであったら、人類は滅亡してしまうのではないか」と切実に思ったほどである。

なぜならば当時は、米ソによる冷戦時代で、両国とも、ふんだんな核兵器を所有していたからである。「もし核兵器戦争になったならば、地球は破滅的なことになる」と、大人は、誰しも思ったのである。

なぜ『ノストラダムスの予言』が、日本で、こんなにも恐怖がまかり通るような社会現象になっていったのか?」

五島勉氏が言うには、「『ノストラダムスの大予言シリーズ』を、ノンフィクション・ミステリーで書いたから、世の中の大誤解を読んでしまった」そうである。

        3fb7950bf4b1801bd2585eac8c5fffd0_4784[1]五島勉氏 

どういう事かと言うと、最初の「ノストラダムスの大予言」で、「1999年の7の月に、ノストラダムスは、人類の滅亡を予言している」(実際は、そんなことは書かれてなかった)が、「その滅亡の予言を回避できる方法はないのか?」ということで、第1巻の最後に「残された望み?」という章を書いたそうである。

五島氏本人は、「ミステリーの最後に、どんでん返しで、人類が考え直して部分的な破滅で済むように努力しなければならないと言うつもりで書いた」としている。bookoffonline_0012207565[1]

しかし「そこのところが、すっ飛ばされて、人類の滅亡だけが独り歩きし始めて、社会現象になってしまった」と悔いているのである。

これが思わぬところにまで飛び火して、「ノストラダムスの大予言」の解説本が、200冊以上も出版されて、その中の某精神科医の書いたナチスとノストラダムスをつなげた解説書が、オウムのよりどころとなって、あのサリン事件が起きてしまったというのである。

また「1999年7の月」の人類滅亡の危機に合わせるかのようにハリウッド映画で「アルマゲドン」や「ディープ・インパクト」などのパニック映画が作られた。しかし人類の破滅的なことは何も起きずに20世紀は過ぎ越していったのであった。

          51NSBK4P50L[1]

それからは「『ノストラダムスの予言』は見事に外れた」ということになって、日本人の関心が、潮が引いていくように急速に薄れていってしまったのである。そして「もう2度と騙されないぞ」というように…

しかし2001年9月11日に、アメリカで同時多発テロが起きた。「時差は2年ズレたが、これが、あの『1999年7の月の予言』であったか」と、解釈する人も現れた。五島氏も、そうであったという。

        Torres-Gemelas[1]

イスラムの過激テロ組織「アルカイダ」の仕業だったということで、イラクの独裁者サダム・フセインや「アルカイダ」のリーダーのビン・ラディンが制裁された。そして今年の「イスラム国」の掃討で、17年間経ってやっと国際テロ組織との戦いが終わったのである。

ところが、この間にリーマン・ショックが起き、今度は北朝鮮の核ミサイル開発と終身独裁者となった中国の習近平主席が世界制覇の野望を持つようになってきた。

人類の危機は、まだ去ってはいなかったのである。それどころか、もっと大きい切実な脅威にさらされるようになってきた。

「1999年7の月の危機」から19年も経ってしまったので、今の若い人には、「ノストラダムの恐怖の予言」と言ってもピーンとは、こないだろう。

だから「驚かない日本人が増えてきているのである」と、著者は分析している。しかし、こういう油断の時が、人類にとって一番危ないのである。

どんな困難が待ち構えようとも、人類の危機を感じて、それに立ち向かっていく気概を持っているならば、未来を切り拓いていけると思うのである。

やはり人間は驚いて、感動しながら、時代の緊張を感じて生きていかなければならない。また、そうした生き方が人間らしいのである。

これからも、いろいろなことが起きてくるであろうが、ブログで何回か指摘したが、「ノストラダムスの予言」の中に「日本に救世主が、現れている」ことが予言されていたのである。

神は、決して人類を見捨てていなかったのである。むしろ「人類が捨ててしまったのではないだろうか?」

それはともかく、「救世主が生まれている」ということは、「まだ人類に、«希望の未来》が残されている」ということである。

そのような内容のノストラダムス本を、著者も24年ぐらい前に『アンゴルモアの大王』として書いたことがある。

「まだ人類には希望はある。それを信じて現代を生きていった方がよいのではなかろうか?読者はそうは思わないであろうか?」 完

 

 

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